“人生は祭だ、共に生きよう”
−デヴィッド・ボウイと高齢化社会
Interview: Hidetoshi Yokosawa
Pic: Takashi Hattori
内部インタビュー第2回は、弊社でディレクターを務める古川貴之の登場です。全般的な広告デザインやディレクション等を行いつつ、デヴィッド・ボウイ評論家として文筆活動も行っています。迫りつつある高齢化社会についても一家言ある彼の語りだしたら止まらなくなるインタビュー、皆様ご静聴ありがとうございます。(インタビュー:横沢秀俊 / 2005年)。
◎社長熊谷、デザイナー渡部と共にSLOGANの設立メンバーであるわけですが、参加の経緯をひとつ。
「熊谷とは大学の同窓で、渡部は社長の同郷の友人だったことで知り合いました。人生最大の失敗だと思っています」
◎弊社ではディレクターとして動いてますが、具体的な担当は?
「敢えて言えば、クライアントの要望に対して、どのような表現を用いるかということの基本的な戦略を考えるのが任務でしょうか。具体的にデザインをしてしまうケースもありますし、一概には言えませんね。やはり、それぞれの領域なりのクリエイティブの文法とでも言うべきものがあるので、個人的には、送り手と受け手の間をしっかり繋ぐためのきめ細かな表現方法を模索している、と言えるかもしれません」
◎仕事に関してのモットーはありますか?
「これだ、というモットーはないですね。……これだ、というものがないこと自体の重みを感じながら何事にも取り組んでいます。往々にして仕事というものには様々な制約がつきもので、自分の悪戦苦闘にもかかわらず、思い通りにならなかった部分というものがどうしても出てしまうものです。しかし、時間を経てそうした部分を眺めてみると、結果オーライというか、むしろ、最初からそうあるべきだった、という感じすら受けることが時にあり、とても驚きます。そうやって後から驚ける仕事というのは、それが良い仕事だったということなのだと思っています。いずれにせよ、取り組んでいる時点では、考えられる限りのベストを尽くします」
◎音楽評論家、とくにデヴィッド・ボウイに関する評論家としても活動していますが、ボウイにのめりこんだきっかけというのは?
「83年、小学4年生の頃からアメリカのトップ40を聴くようになりました。マイケルの『スリラー』や、カルチャー・クラブ、ワム!、デュラン・デュランといった多くの英国勢の中に混じって、ボウイの『レッツ・ダンス』があったのです。但し、当時からボウイだけは私の中で別格でありました」
◎あえてひとことで伺いますが、デヴィッド・ボウイの魅力とは?
「ロックに対する彼の半端でない深い愛でしょうか。……ボウイは〈ロック教〉の実に敬虔な信者だったと思います。ある意味、その信仰を貫徹してみせた人間となると、他にはセックス・ピストルズのジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)くらいしか思い当たらないほどです」
◎ボウイに向けて何か一言ありましたらぜひ。
「ボウイも私個人に向けて言うべきことは何もないはずです。未発表音源を蔵出ししろ、とか、自伝を書け、とか、その程度でしょうか。取りあえず長生きして、生涯現役でいてもらいたいですね」
◎では、最近の活動や今後の展望をお願いします。
「拙訳ボウイ詩集『スピード・オヴ・ライフ』(02年)の続編(80年代以降作品対象)をいずれ出したいと思います。そもそもそれが〈ボウイ評論家〉としての自分の任務のようなものなので。続編は、『スピード〜』を出した02年当時では、技術的、というか、私の能力的にも不可能だった点を克服した、確実にレベルの向上した内容になるはずです。『スターウォーズ』がSFX技術の発達と共にスケールアップするのと同じようなことですね。
ボウイ詞作の邦訳に関しては、私の死後、きっと更に優れたものが誰かの手で発表されると信じていますが、ボウイと同時代に生きた人間で、それにまともに取り組める人間となると、もう私しかいないのではないか、という気が何となくしています。同じ時代を共有しているという点で、私には、ボウイの死後に現れるであろう多くの〈ボウイ評論家〉たちにはない特権があるわけで、そのへんも自覚しつつ、後世に胸を張って残せるものを、と考えています。断続的に鋭意執筆中ですが、困ったことにこれが異様に楽しい作業で、いつまでも書いていたいほどなので、一向に完成の目処が立ちません。20〜30年以内には出せるはずなので、ボウイ・ファンの方はどうぞご期待下さい」
◎ボウイの他にも、高年齢化社会と親孝行についても精力的にコミットしていますが。
「いわゆる定年後の幸福と、親孝行という概念についての関心を持ち続けています。うちも三世代同居家族ですので。
高齢者には、気儘である、すぐ忘れる、人の言うことを聞かない、恐いもの知らず、などの点で、子供と何かと共通点があるように思います。しかし、社会にとってどれだけ有用となり得るかを基準に、子供を厚遇し、高齢者、つまり老人を冷遇するのは、我々大人の勝手な理屈です。かと言って、お年寄りを大切にしよう、などと言ってみるのも、やはり勝手な理屈に違いありません。
……確かに私自身、老人には苛々させられることが少なからずあります。うちも三世代同居家族ですので。彼らは本質的に反社会的なのです。今後の我々の社会は、彼らを受け入れる真の強さが問われる非常に困難な時代を迎えるでしょう。子供は教育によって社会に取り込めますが、老人を教育することなど誰ができるでしょうか?」
◎相変わらず、この話題になると止まりませんね。
「うちも三世代同居家族ですので。以前、地元の小学校がひとつ廃校になって、跡地を高齢者施設に、という話がありました。私は校舎をそのまま利用すればよいと思いました。彼らが元々いた場所に戻るわけですね。老人たちが誰一人として大人の先生の言うことを聞かない小学校というのは、なかなか愉快なものでしょう。いや、正しくはファンキーと言うべきでしょうか?」
◎私は先生をやりたくないですけれど。
「そう? 実際には校舎の老朽化の問題などもあって、災害時のオープンスペース確保ということに決まったようですけど。まあ、それも大事ですよね。死んでしまってはしようがないですから」
◎ボウイやローリング・ストーンズなど、ロックも高齢化が進んでいます。
「世代というのは、大まかに、子供、若者、大人、老人の4つに分けられると思います。社会を仕切っているのが大人で、これがいつでも決定的な権力者です。その昔、若者は親の言うことを聞かされる弱者でしたが、ロックによって解放されました。その若者たちが大人時代を経て、今では50代後半〜60代の年寄りになっています。老人解放をかけて、ロックは再び闘争音楽としての活気を取り戻そうとしているのかもしれません。ロックはそもそも社会的弱者の音楽ですから」
◎老人解放闘争のためのロック!
「そう。しかしですね、今までロックで武装した若者たちは、大人を否定しているようでいて、結局は、周到に大人社会の仲間入りを果たしただけでした。親父に認められたい、一泡吹かせてやりたい、とか、単に大人と同じ力が欲しい、そういう涙ぐましい若者根性がロックを形作ってきたのだと思います。今、ロックは反体制でも反社会的でも何でもありません。全く、その正反対です。これがロックの最大の過ちで、ボウイというのはその点にいち早く気付いたロック・アーティストだったのですが、結局は彼も、そうしたロックのロック的な部分を克服できず、一時はかなり自暴自棄になって死にかけたりもしました。ですから、これからの老人ロッカーたちには、ロックを内側から食い破って、今度こそ徹底的に破壊しつくし、老人の秩序とでも言うべき一種の分離主義を実現する方向で頑張ってもらいたいと思うのです」
◎これからは老人こそが輝く時代ということでしょうか? っていうか、どうしてそんなに老人問題についてあれこれ考えているのでしょう?
「うちも三世代同居家族ですので。何度も言ってるでしょ? あのですね、詳しく話すとですね、60才を越えたミック・ジャガーなんかがステージを走り回っているのは、定年の延長として捉えることができると思います。我々はそれを見て拍手喝采するわけですが、結局は、それが〈いつまでも若く〉〈若さこそ素晴らしい〉といった、非常にロック的で社会的な美徳に添っているからですよね。つまり、ミックは別に老人として輝いているわけではない。〈老人なのに老人らしくない、若い〉という美徳の上で輝いているわけです。ボウイは2003年に、ロックのそのあたりを皮肉って、わざわざ〈Never Get Old〉という曲を歌ったりもしましたけれども。しかし本当に大変なのは、その先の話なんです。つまり、全く純粋に老人でしかないような老人と、我々一般大人社会の接点ですね。先ほども言ったとおり、純粋な老人というのは本質的に反社会的な存在ですので、一体そんな接点というものがありえるのか、という話になるはずです。老人問題は一筋縄でいくはずがないんです」
◎その一筋縄ではいかない老人問題に、今後、多くの日本人たちは改めて直面することになるわけですよね。解決のための方策はありえますか?
「難しいですね……。ただ、個人的な話なのですが、私は年を取るにつれ、ファンクという音楽にますます惹かれるようになりました。ロックは弱さを武器にした音楽ですが、ファンクは違います。もちろん黒人は社会的弱者でしたが、彼らはそれを武器にはしていなかったように思うのです。ロックが否定の闘争音楽だとすれば、ファンクは肯定の闘争音楽と言えるかもしれません。何でもかんでも肯定して突き進んでいくような、あの強さに私は憧れます。今までの老人達には、そういう強さがあまりにも欠けているのではないでしょうか?」
◎ファンクこそが高齢化社会を救う、と。
「いや、ロックなら救ってくれるかもしれませんが、ファンクは何も救いません。救う/救わないの話で言うなら、すべては既に救われるはずはないからです。だから、そういう話自体がそもそも成り立たない。何も掬わないファンクの感覚を言葉で説明するのは難しいのですが……。
ジェームズ・ブラウンに68年ダラス録音のものすごいライヴ盤があるのですが、そこに入っている“There Was A Time”という曲のパフォーマンスに、私が感じるところの〈ファンク〉というもののすべてが集約されています。間奏でJBが踊りまくる曲で、彼の宝刀的な曲でもあるのですが。これなどを聴いていると、ファンクというのは、なんと言うか、ハマっていくうちに何と闘っているのかすら分からなくなるような、究極の闘争音楽だという気がしてきます。ロックの闘争には必ず終わりがありますが、ファンクは、最終的には闘争そのものを乗り越えて、この世界がある限り永遠に続いていくものだと思うのです。……ジェームズ・ブラウンは70才になって相変わらず逮捕されたりしていますけど、ああいうわけのわからなさがいいですね。まあ、自分の家にJBのような老人がいたら、たまったものではないと思いますが(笑)」
◎よくわからなくなってきたので、そろそろ最後に「私のスローガン」をガチョンと。
「何かを懸命に謳っている人はそれだけで怪しげですし、それを問われると難しいですね。私は〈一期一会〉という言葉が結構好きなのですが……これはスローガンでも何でもないですね。う〜ん………フェリーニの『8 1/2』という映画が私は好きで、何度見ても号泣してしまうのですが、そのラストに〈人生は祭だ 共に生きよう〉という台詞が出てきます。この場合の〈祭〉というのは、〈全くのカオス〉というような意味で、それでいて何もかもが純粋に祝福されて輝いているような状態を示しています。ちょうど高齢化社会の話とも通じるように思いますし、これを引用して、私のスローガンとさせて頂きましょうか。もっとも、私はいわゆる一般の〈お祭〉という行事がちっとも好きではないのですが。〈祭〉というのは、何らかの意味や意図があるようなものではなく、本当は徹底的にナンセンスな代物で、しっちゃかめっちゃかで死人なんかもバンバン出るのですが、にもかかわらず、(バカボンパパ風に)〈これでいいのだー〉、あるいは(ガッツ石松風に)〈オッケー牧場!〉みたいな、そういうものだと思います。それこそ、(JB風に)〈アイ・フィール・グッド!〉とか(笑)」
古川貴之……1973年生まれ。編集者、音楽評論家。編書多数、訳書に『スピード・オヴ・ライブ~デヴィッド・ボウイ詩集』
